息子の間欠性外斜視①

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「きもい」と言われた日。親として考えたこと

中学校に入学したばかりの息子が、ある日ぽつりとこんなことを言いました。

「今日、友達に“きもい”って言われた」

理由は、間欠性外斜視。
疲れたときや、ぼーっとしたときに、片目が外側にずれてしまうことがある斜視です。

小学校に上がる前から気づいていて、通院もしていました。
ただ、日常生活に大きな支障があるわけではなく、
「このまま様子を見ていこう」と思っていました。

今まで周りの友人にも恵まれていたのか、
本人が気にする素振りを見せることもありませんでした。

それなのに——

「治るなら手術したいな・・・」

その一言に、胸がぎゅっと締めつけられました。


見た目のこと以上に、心が傷つく

きっと、言った側に深い意味はなかったのかもしれません。
本人も軽い「からかい」だったのだろう、とわかっています。

でも、言われた側には、はっきりと残ります。

「自分はおかしいのかな」
「人と違うのはダメなのかな」

そんなふうに、自分を否定する気持ちが芽生えてしまうこともあります。

親としてまず思ったのは、
「どうすれば治せるか」ではなく、
「どうすればこの子の心を守れるか」でした。


手術という選択肢について考える

息子が口にした「手術」という言葉。

小学校就学前に検討して見送った斜視手術について、改めて調べました。

見た目のずれを整えることができる可能性があり、
場合によっては見え方の改善にもつながるといわれています。

一方で、

・成長に伴って再びずれることもあること
・必ずしも一度の手術で終わるとは限らないこと

そんな現実も知りました。

そして何より、

手術をすれば「人から何も言われなくなる」とは限らない、ということ。

この世の中、人の欠点を挙げて笑う人はたくさんいます。
そしてその多くは、特別な悪意を持った人ではなく、
どこにでもいる「普通の人」です。

だからこそ、これは単なる医療の問題ではなく、
本人の気持ちとどう向き合うかの問題なのだと思いました。


親としてできること

その日の夜、息子にこう伝えました。

「つらかったよね」
「でも、それを言う方が間違ってるよ」
「あなたの大事なところは、そこじゃないよ」
「斜視くらいで、あなたの魅力は損なわれない」

すぐに前向きになれるわけではないと思います。

でも、少なくとも「味方がいる」と感じてほしい。

そして、手術をするかどうかも含めて、
これから一緒に考えていきたいと思っています。


同じように悩んでいる方へ

見た目の違いは、時に思っている以上に周囲の反応を引き寄せます。

でも、それ以上に大きいのは「言葉の力」だと感じました。

何気ない一言が、誰かの心を深く傷つけることもある。

だからこそ、この経験を
「ただつらい出来事」で終わらせるのではなく、
少しでも理解が広がるきっかけになればと思い、書きました。


子どもたちが、
「違いがあっても大丈夫」と思える社会になりますように。


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